暮らしやすいように工夫する

SNSツールのフォローを一斉にはずして、所属レーベルだけ残したことについて、思うことを書きました。


今が一番たのしい。

いつだって今が一番たのしい。

そういう風に生きる。

そりゃもちろん落ち込むとき、

うまくいかないときもあるけれど、

何かを考えて行動するとき、

それが35歳のときからの私の世界の指針。

私の空のポラリス。

そんな強がりやめなよって言われてブレてたけど、ほんとはほんとにそう思うのさ。

だけど、他人から違う意見を言われるとき

違うんじゃない?と言われるとき

いとも簡単にブレてきた。

とたんに自信がなくなる。

自分の本当の声が掻き消される、
もしくは、聞こえなくなる瞬間だ。

でも、いま、

「自分が暮らしやすいように工夫する」

その言葉を、その楽しみを

その重要さを 私は知った。

よく言うよね。

他人は変えられない。自分なら変えられる。自分から変わろう。

これ、なんかしっくりこなかったんだ。

それは、なんだか自分が悪いから変わらなきゃいけないみたいな、そんな捉え方しかできないから、罪悪感や劣等感を覚えるんやね。

「自分が暮らしやすいように工夫する」

そう置き換えたら、あら不思議。

罪悪感や劣等感は泡となり、

嘘みたいに消えた。

むしろ、楽しくなった。

今までは「みんな」がこうしてるからとか、

他人にどう思われるかとか、

正しいかどうかとか

そんなことを考えてばかり。

一度決めたことも、少しでも思うところがあると、その度にブレてきた。

ブレブレでその音がうるさいと言われることもあった。

そのとおりだと思った。

まだまだブレるときもあるだろう。

まだまだこれからだからね。

だけど、その度に思い出すの。

それは、

自分のために生きているってこと。

自分にできないことを相手ができてると、

すごいなー!素敵ね!

って、思えるのは素晴らしい。

自分にできることを相手ができないと

なんでできないんだよ?おかしいんじゃない?

ってなるのはなんだか寂しい。

だけど、だけどね、
素晴らしいのも寂しいのも自然なこと。

諦めよう。物事を明らかに見よう。

物事を明らかに見て、ただ知ろう。

そのままをそこにそっと置いておこう。

そして、
自分が過ごしやすいように

暮らしやすいように工夫していこう。

それを楽しもう。

自分のために生きよう。

自分のために生きることは、

決して悪いことじゃなかったんだ。

たとえば、誰かのために何かをすることも

誰かが喜ぶことをすることも

自分のためにやっていることだったりする。

誰かを喜ばせるために

自分を犠牲にするのはもうやめだ。

結局ね、無理は続かないんだよね。

みんなができることが私にはできないことってのもあるさ。もちろん、逆もあるだろう。

SNSに疲れたんだ。心底、疲れた。

ずっと向いてないなぁと思ってた。

普通に利用している人達には、わかってもらえないかもしれないけれど、見えないしがらみや膨大な情報がどうしても勝手に入ってきて、とても疲れる。無視できない。

そのままにして見なきゃいいやん。気にしなきゃいいのに。というわけにはどうしてもいかなかった。できたらこんなことにはなってい。

もう無理なんだ。限界なんだ。

どうしても向いてない。

わかってくれとは言わないよ。

ただ勘弁しておくれ。許しておくれ。

そんな気持ち。

友達やまわりの人たちを蔑ろに扱おうなんて、

誰彼構わず、縁を切りたいなんて、

裏切ろうなんて、

これっぽっちも思っちゃいないよ。

ただ、自分のために選んだだけのこと。

自分が暮らしやすいように工夫したの。

工夫してる途中なの。

正直、やり方は他にもあったんじゃないかな、新しくアカウントを作るとかさ。

おかしいんじゃない?と指摘されて、また深く悩んだ。やってしまったことを。

今回、フォローをはずされて無駄に悲しませてしまった人もいるだろな。

悪いことしたな。失敗したな。ほんと失敗だらけやなって反省する。

だけど、やったことは後悔してない。

自分のためにしたことだから。

みんながどう思うか、どう受け止めるかは、みんなが決めることだと知ってる。

好かれれば嬉しいし、嫌われれば悲しい。

そういう気持ちもある。

悲しませたなら、不快にさせたなら、申し訳ない。

なんで私はうまくやれないのかなっても思う。

だけど、そうやってあとから考えたって、やりたいことをやったわけで、それをみんながどう思うか、どう受け止めるかは自由だし、私にはどうにもできない。

いろんな人がいる。

いろんな考えがある。

正解なんてないのかもって、歳を取れば取るほどに感じる。

私もたくさん、死ぬほど考えた。

悩んだ。

そして、選んだ。

自分が暮らしやすいように工夫することを選んだ。

自分のために生きることを選んだ。

最近、おかげでとても調子がいい。

感動の毎日を過ごしてる。

どんな毎日かって、別に何をするってわけでもないんだよ。

ただストレスなく普通に寝れて起きれて食べれて出掛けれて働けて家事ができてお風呂に入れて。

ちょーっと音楽まで行き着けてないところはあるけれど。

焦らない焦らない。一休み、一休み。

あぁ、生きてる。(*´-`)って実感がある。

大袈裟に聞こえるかもしれんけどね、

私にはこれが感動の毎日なのよ。

本当にありがとう。ごめんね。

今が一番たのしい。

いつだって今が一番たのしい。

そういう風に生きるよ。


ここからは、片付けや整理がとても苦手な方には、ぜひとも読んでみてもらいたいです。

あなたにもいい気づきがありますように。


“暮らしやすいように工夫する”


これは、子供の頃から片付けが壊滅的に苦手な私にくれた友達の助言がもたらした気づきでした。

片付けや整理ができないわたしは、「片付け・整理」に対してすでに極度の苦手意識がついていて、積極的に行動できずに、取り組めずにいました。ストレスでした。

どのくらい整理・片付けができないかというと、「千年の恋も冷めるほど部屋が汚い」と幼馴染みに言われるくらいです。

f(^_^)

結果、部屋は荒れ、物はどこかへなくなり、いつもあれがないこれがないと探して時間を奪われ、ダメな自分だと、自分を責めました。

そして、また嫌になる。悪循環です。

“暮らしやすいように工夫する”という言葉、考え方を知ることで、行動すれば、取り組めば、明るい快適な未来が待ってる!と想像できたんです。

それが、とっても、絶大に、わたしにプラスの効果があったようです。驚きです。

今では、ここにこんな収納ケースがあると便利だな。とか、友達に教えてもらって、紙コップを使って小物入れにして感動したりとか、“暮らしやすいように工夫する”のが楽しいです。

すごく楽しい。《*≧∀≦》

ありがとう。

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